美たずね

美たずね 01【中島美子の(ノッティング)椅子敷展―しあわせ時間―】(後編)

壁一面を彩る“星の王子さま”と《無地極上シリーズ》たち。全体を眺めると、尾を引いた光までもがきらきらと瞬く流れ星のよう。

後編では、美子さんへのインタビュー、もとい、私のメモ好きが高じて書き留めさせていただいたお話をもとに、民藝との関わりに焦点を当てて綴ります。(前編はこちら

美子さんが通われた「倉敷本染手織研究所」は、民藝運動の実践者である外村吉之介氏によって設立された学び舎です。単に技術を学ぶ場ではなく、外村夫妻と起き臥しを共にする中で民藝の精神を体験的に身につける場でした。

外村吉之介・著『少年民藝館』用美社、1984年。装丁は柚木沙弥郎氏によるもの。

「織り方だけではなく、その空気の中で精神性を学ぶことが出来た。先生が生きていた時代に住み込みで、一番いいときに学べたの」
と、美子さんは語られます。
『少年民藝館』(外村吉之介氏著)の本の中に「まず一つ、食事の時に使うお茶碗のいいものを買うと、良いものを見る眼ができる」と書かれているそうです。毎日使う身近なものこそ、ということでしょう。
「ものは使わないとわからない。そうして、眼を養うの」
と、美子さん。ちなみにこの頃はご飯茶碗といえば陶器ではなかったよう。昔は漆が主流だったのだそうです。

美子さんの展示を特集した雑誌記事や、民藝にまつわる貴重な書籍資料を集めた閲覧コーナーも。

それから、大機(巾の広いものを織る)ではじめて織った布では、研究生みんなお揃いの
「エプロン(スイスのエプロンの形)を作る」
このエプロンは、調理時などに着けるものではなく、作業用とのことです。(本展示で作成された図録に掲載されている、当時25歳の美子さんが着用しているエプロンが、まさにこのエプロンなのだそうです)

朝日新聞「生きる おかやまの若者《22》 民芸研究生 野口美子さん(25)」1971年2月24日(木曜日)付。展示図録より。

美子さんは倉敷本染手織研究所を卒業後に、研究生5人で静岡県の水窪町という過疎地の廃校になった小学校を借りて、機織りを始めたそうです。
「毎日が“民藝一色”の暮らしだった」
その暮らしを心配したお母さまが、お見合いをさせようと中島千波さんに写真を送ったそうです。そうして結婚されたのが、千波先生というわけですね。

美子さんが学ばれた書物のひとつ、『柳宗悦選集 第三卷』

目次には「用に即したもの 用即美」とのメモ。本文には読まれた痕跡として線や書き込みが随所に。真摯な学びの姿勢が滲みます。

そんなお話を伺うのも楽しくて、ギャラリーに大分長居してしまったことには反省しきりですが、この日私はこんな素敵な場面にも居合わせることが出来ました。

1階・展示風景。左から“やっと50枚めが織れました。ヤッターです。”の一枚、“雲”、《イギリスのマフラーシリーズ》より。

会期中二度目の来廊という若い女性がそっと訪れたのです。静かに、そして時間をかけて熱心に作品を見つめていたので、ギャラリーオーナーの勢田さんが声を掛けました。「たまたま通りがかった際にこの展示を目にし、心ときめいた」のだと、彼女は話してくれました。そして「ノッティング織をやりたい」と思うに至り、再度ギャラリーを訪れたのだそうです。24歳、大学を出て都内で働いているとのことでした。

2階・展示風景。こんな部屋に暮らせたらと思わず夢見るような空間。《倉敷に学ぶシリーズ》を中心に、《いろいろシリーズ》も。

美子さんは、心からのおもてなしで人を包むような、あたたかな方です。テーブルを囲むと、自然と色々なお話をしてくださいます。もちろん、今日ここを訪れた彼女にも。そのことを知っている会場内の人たちは、美子さんのいる小さなテーブルの、向かいの椅子に座るよう彼女に促しました。

優しい笑顔の美子さん。白のお召し物と蝶のブローチがよくお似合いです。会場のセタギャラリーにて。

「民藝っていうのは、たくさんで、安くて、役に立つもの。作家ではなくて、職人をつくるということ。工業製品とは違うから、大きかったり小さかったり。でもね、それはとっても素敵だし、そもそも並べてみなければ違いはわからないのよ、ふふふ」
民藝について話される美子さん。話を受けて、はにかむ彼女。少し民藝関係の本を読んだことのある人なら、この言葉の意味するところにはピンとくることでしょう。しかし直接その思想を学んだ作り手から、こんなふうに生の言葉を聞く機会は、そうあるものではないのではないでしょうか。

「私のノッティングも同じ。少々大きさがマチマチだったり上手ではありませんが…」と美子さん。《国旗シリーズ》の4枚。

「民藝の展示で、器なんかが沢山並んでいるでしょ?娘がね、家にはもっとあるよねって。そう、展示されているものは資料なのよ。でも私は、資料としてではなく、出会いを大切にしているの。だから日常的に、おかずをどれに飾ろうかなって。それだけでも楽しいじゃない」
これから進むかもしれない道の先輩が、若い人にその世界の話をする。彼女は傾けた耳からだけではなく、若く潤った目からも言葉を吸い込んでいくように見えました。師弟関係のような大きな結びつきだけではなく、こうした偶然の出会いからも、精神というのは少しずつ受け継がれていくのかと思いました。

《いろいろシリーズ①》より“絵本のセーター”。不思議で、とても魅力的なデザインです。

ところで美子さんは、長野県は小布施町にある千波先生の美術館である「おぶせミュージアム・中島千波館」にも頻繁に足を運ばれています。庭園の手入れ、草むしりのためです。その際には、手伝ってくださる地元のサポーターの方々へ感謝の気持ちを込めて、お菓子を用意したり、飲み物を調達されたりするそうです。
「自販機のお茶ボトルひとつ渡すのでも、籠に入っていると素敵でしょ」
と、微笑む美子さん。その籠は、小布施銘菓・竹風堂で売っていたものだそうです。さりげない心配りのなかにも、日常に息づく民藝の精神が感じられます。

《いろいろシリーズ①》より“スイスのエプロン”。色彩からも温かさが伝わってくる、お洒落な模様の一枚。

私は、千波先生に憧れて画家を志しました。一方で、「用の美」という思想にも惹かれ、民藝の精神に関心を持ち続けてきました。そんな私が、恩師の奥さまとしてお世話になってきた美子さんが、まさにその民藝の精神を学ばれた作り手だったとは。そんな方と関わることが出来ていることを、私は心から幸運に思います。

クロスステッチの図案を参考にしたという《お花シリーズ(チューリップ)》。朗らかに咲く、4本のお花たち。

※本展はすでに終了しておりますが、展示情報を以下に記します。
【中島美子の(ノッティング)椅子敷展―しあわせ時間―】
会期| 2025年5月13日(火)– 5月19日(月)
時間| 11:00 – 18:00(会期中無休)
会場| セタギャラリー(東京都港区西新橋1‑10‑1 正直屋ビル1階)
在廊予定| 中島美子さん 全日在廊(11:00 – 18:00)
入場| ご自由にご覧いただけました(入場無料)

おまけ。会場に可愛らしい生き物を発見。掲載誌のページを回し込んだ部分が目のよう。長い脚に、ふかふかの背中がチャーミング。

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