美たずね

美たずね 01【中島美子の(ノッティング)椅子敷展―しあわせ時間―】(前編)

会場・セタギャラリーの入口。展示毎に用意されるフラッグとポスターは、さっぱりとしたデザインが椅子敷の色彩を引き立てます。

5月の一週め、ずっと楽しみにしていた展示の案内状が家の郵便受けに舞い込みました。中島美子さんによるノッティングの椅子敷の展覧会です。美子さんは、私の恩師・中島千波先生の奥さまです。今回の展示は、美子さんにとって「最初で最後の展覧会」、人生で一度きりの個展なのだそう。
(普段は「奥さま」とお呼びしていますが、今回は敢えて「美子さん」と呼ばせていただきます。)

美子さんは同志社大学文学部美学及び芸術学を卒業後、卒業旅行で「倉敷民藝館」を訪れます。そこで館長先生から「日本で一番小さな織物の学校がある」と教えてもらい、2年間やっと順番を待って、「倉敷本染手織研究所」に入所することが出来たのだそうです。研究所の趣旨には二つの柱がありました。一つには実技の研究と労働があり、もう一つは講義です。その講義では柳宗悦師の『工芸文化』を音読で学び、「民藝とは。」を学ばれました。

美子さん(旧姓・野口)が倉敷本染手織研究所を卒業された際の卒業証書。デザインは芹沢銈介氏によるもの。

27歳で日本画家の中島千波さんとご結婚されたのち、夫の両親(千波さんの父も日本画家の中島清之氏)との同居生活で、織物をする事がなかなか出来なくなったそうです。そんな美子さんが68歳を迎えたとき、「自分の好きなことをやろう」と、唯一手元に残していた織り機で始められたのが、今回展示されたノッティングなのです。

美子さんのノッティング機と、50年前に初めて織られたノッティングの椅子敷。(図録表紙より)

ノッティングというのは、手織り技法のひとつ。経糸には毛糸や絹、木綿などを用い、そこに木綿やウールの束を緯糸として結びつけていく(=knot【英】)作業を繰り返し、ペルシャ絨毯と同じような手法で織り上げるのだそうです。どう考えても根気のいる作業ですが、美子さんは機を織っていると幸せで、好きな事は楽しく、疲れないのだそう。

美子さんの織るノッティングは、厚みがあるのが特徴。それを更にたっぷりとさせ、自由でカラフルで、温かくなるように仕上げていると、以前に伺った覚えがあります。そういったところにも、どこか美子さんのお人柄を感じます。

美子さんの織られた、ふかふかのノッティングの椅子敷。《いろいろシリーズ④》より“タラベラ焼の壺の柄をノッティングで”。

さて会期中の日曜日、会場であるセタギャラリーに到着すると、受付付近で千波先生が出迎えてくださいました。ギャラリーのスタッフのように芳名帳に誘導してくださる千波先生。言わずもがな、今日の主役は美子さんということですね。連日次々とお客さまがお見えになるそうで、この日もとても賑やかでした。

色とりどりの、様々な模様をしたノッティングの椅子敷がギャラリーの壁一面に掛かっています。それは不思議と豊かな光景、そして何より心が弾みます。

ギャラリーの二階からの眺め。とってもカラフルでハートフルな椅子敷たち。それぞれに性格が宿っているように感じます。

随所には椅子敷の仕事そのままに、椅子の座面にふっかりと収まっての展示も。椅子もやはり手仕事のものなのでしょう(アフリカの椅子で集めているそう)、その素朴さも相まって、なんとも愛らしい様子です。

仲良く並ぶアフリカの椅子の上で仕事中の椅子敷たち。左《いろいろシリーズ⑥》より。中央・右《倉敷に学ぶシリーズ①》より。

広尾のギャラリーかんかんのアフリカの椅子に《いろいろシリーズ⑤》“メキシコで買ってきたポシェットの柄を織ったもの”。

美子さんの手作りの椅子敷に使われている糸は、愛知県一の宮にある糸商に頼んで、美子さんの好きな色を染め上げてもらっているものなのだそう。(今展示でお目見えしたのは十九色)

《いろいろシリーズ③》より、キュートな“ハート柄”と、“たくさんのいろをつかってみた”という堪らなく楽しい一枚。

色彩の愉快さゆえでしょうか。毛束たちは図案通りに整然と並んでいるはずなのに、どこか生き物のように自由に集って、ほのぼのと面を成しているかのようにも見えます。明るく楽しげな色合いと、ふかふかとして、ぬくもる佇まい。なんともほっとする存在感です。この風合いは、私たち生徒にも誠実に温かく接してくださる美子さんの、包み込むような懐の深さそのものであるように思えます。

《イギリスのマフラーシリーズ》。楽しくて愛らしくて、なんとも温かい雰囲気です。

実は私の手元には一枚、美子さんが織られたノッティングの椅子敷があります。数年前、どうしても欲しいとお願いしたところを快く引き受けてくださり、私の訪問に合わせて仕上げ、贈ってくださいました。そのときの喜びと感謝といったらありません。

《いろいろシリーズ②》より“星の王子さま”。次の画像の“雲”と合わせて、昼夜のイメージ。

図案は美子さんオリジナルのものから選んでくださり、それは「雲」と「星の王子様」のセットでした。私に夢ある柄を選んでくださったことも、嬉しくて堪りませんでした。当時一緒に訪問させていただいた知人と一枚ずつ分けさせていただき、私の画室には「雲」があります。そうです、私はいつも雲に乗って制作しているのです。

《いろいろシリーズ②》より、私も愛用させていただいている、大好きな“雲”。奥の2点は《無地極上シリーズ①》より。

次回の後編では、民藝との関わりに焦点を当てて綴ってまいります。どうぞお楽しみに。

※本展はすでに終了しておりますが、展示情報を以下に記します。
【中島美子の(ノッティング)椅子敷展―しあわせ時間―】
会期| 2025年5月13日(火)– 5月19日(月)
時間| 11:00 – 18:00(会期中無休)
会場| セタギャラリー(東京都港区西新橋1‑10‑1 正直屋ビル1階)
在廊予定| 中島美子さん 全日在廊(11:00 – 18:00)
入場| ご自由にご覧いただけました(入場無料)

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